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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1452号 判決

理由

岡田正夫が迫田一雄を受取人として、金額二五〇万円、満期日昭和三一年三月三一日、振出地及び支払地大阪市、支払場所埼玉銀行大阪支店、振出日同年一月二〇日と定めた、「大映株式会社、梅田大映劇場管理者岡田正夫」並びに「岡田正夫」共同名義の約束手形一通(以下これを本件手形と指称する)を振出し、右手形に付、迫田一雄から山田勇平に、山田勇平から被控訴人に、順次いずれも拒絶証書作成義務を免除した裏書記載がなされ、被控訴人が山田勇平から右裏書記載のある本件手形の交付を受けてその所持人となり、更に被控訴人が株式会社大和銀行に本件手形の取立委任裏書をして交付し、同銀行が所定の満期日に所定の支払場所に呈示して手形金の支払を求めたが支払を拒絶せられたことは、控訴人において明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

本件手形に付、手形権利者たる形式的資格の移転は右のとおりであるから、次に本件手形授受の原因たる実質関係に基づく手形権利の実質的移転の有無及びその経過を検討する。山田勇平が被控訴人の出資組合員たる資格を有するものであることは当事者間に争がない。そして(証拠)を総合すれば、岡田正夫は昭和三一年一月下旬頃迫田一雄に対して、手形割引の方法による金融の斡旋方を依頼して前記の如く迫田一雄を受取人として本件手形を振出したものであり、迫田一雄は岡田の右依頼に応じ、かねて面識のある山田勇平に対し、同人名義でその取引先において手形を割引することによつて資金を調達して呉れるよう依頼して本件手形に前記のとおり裏書してこれを山田に交付し、山田勇平は迫田一雄の右申出を承諾し、同年二月初頃かねて組合員として自ら定期積金、貸付及び手形割引等各種取引をしていた被控訴人北支店に対し、同人の本件手形取得の原因関係たる取引としては、同人と迫田一雄とが梅田大映劇場管理者との間に、同劇場正面入口向つて右側(建物一階南側寄り所在)にある控訴人経営の喫茶店内の模様替及び拡張工事の請負契約を締結し、その工事施行に関する前渡金支払の方法として受領したものである、旨説明して本件手形の割引方の申込みをなし、被控訴人は山田勇平の右申込に付、北支店勤務の係員池田力を梅田大映劇場に派遣して直接岡田正夫に面接の上前記工事施行の真偽を質させ、岡田正夫の言明を得たので手形の原因関係たる取引が山田勇平の説明に違わず現実に存在する事実を調査確認し得たものと信じて、同年二月一一日に至り山田勇平に対して本件手形の割引をなすべき旨承諾したので、山田勇平は被控訴人に対し本件手形の裏書をして交付したものであり、被控訴人は同月一三日山田勇平に対して右割引金名義の金額の一部支払として金一一五万〇、〇五〇円を交付し、山田勇平はその頃右金額の中から合計一〇〇万円弱を直接岡田正夫に交付したのである、との事実を認めることができ、右認定に反する証拠や右認定と異なり、岡田正夫と被控訴人の間に直接金融取引が行なわれたものであるという事実を認めるに足りる証拠は何もない。そして右認定の事実によれば、本件手形は前記順次の裏書によつて迫田一雄から山田勇平を経て被控訴人に順次譲渡され、右譲渡によつて被控訴人が実質上も本件手形の適法な所持人となつたものであることは明らかであるし、本件手形の右裏書による移転の原因関係若しくは手形の譲渡行為自体に関し、控訴人の主張するような脱法行為と目すべき無効事由は何等存しないといわなければならない。

ところで控訴人は、岡田正夫が「大映株式会社梅田大映劇場管理者岡田正夫」の名義を表示してなした本件手形の振出行為の効力が控訴人に及ばないと主張するので判断する。先ず右の振出名義人の表示自体に即して、何人をもつて形式上手形振出行為の主体と認めるべきか、を観察すれば、岡田正夫が控訴人会社の代表資格を表示し、その機関たる地位において、控訴人会社のために本件手形振出行為に付署名(記名押印)したか、又は岡田正夫が、控訴人会社の代理資格を表示して本人たる控訴人会社のために、本件手形振出行為に付署名(記名押印)したか、のいずれかと認める外はない。しかしながら、控訴人が尨大な企業経営組織をもち、全国的規模の営業を行なつている経済上有力な株式会社であつて、右振出人名義の表示中の「梅田大映劇場」が控訴人会社の唯一の事業場であるというわけでなく、むしろその多岐広汎な営業機構に組みこまれた極小の一環たるに留まるものであることが、敢て特段の説明や表示をまつまでもなく、取引社会周知の事実であること、既に公知に属するところと認められるのであつて、この事情に徴すれば、本件手形振出人名義における右の表示は、その一部をなす「梅田大映劇場管理者」なる表示の故に、岡田正夫において控訴人会社の代表資格を表示し本人たる控訴人の機関として署名(記名押印)したものとは解することを得ないのであつて、右表示は、岡田正夫が代理資格を表示して本人たる控訴人のために、本件手形の振出署名(記名押印)をしたもの、と解するのが相当と認められる。

そして控訴人が岡田正夫に対し、控訴人のために本件手形振出行為をなすべき代理権を授与したことを認めるべき何等の証拠もなく、却つて(証拠)を総合すれば、岡田正夫は控訴人の使用人として本件手形の振出に限らず控訴人名義を以てする手形行為一切に付適法に控訴人を代理すべき権限を有せず、むしろ積極的に控訴人から岡田正夫その他使用人一般に対し、成文の経理規程をもつて、或は上司の口頭による服務規律の指示説明により、控訴人名義の手形行為を行なうことは一切厳禁する旨明示していたものであることを認めることができる。

したがつて岡田正夫の本件手形振出行為は、控訴人と岡田正夫の内部関係としては振出名義人の一人たる控訴人につき無権代理行為というべきである。

(証拠)を総合すれば、次の事実が認められる。

控訴人は大阪市北区曾根崎上二丁目八番地の五、九番地の三、両地上に映画常設館用劇場建物を建築所有し、これを梅田大映劇場と呼称する。右建物は昭和三〇年七月末から八月初頃にかけて竣工し、同年八月一四日から開館して映画常設興行を行なつている。右興行は、控訴人と同会社とは別会社である大映興行株式会社(以下大映興行と略称する)との間に、一年の期間の満了の都度更新締結される映画常設館経営委任契約に基き、大映興行が控訴人からその製作にかかる映画フイルムの配給を受け、大映興行の名と計算においてこれを賃借して上映興行し、その営業利益の九〇パーセントを控訴人において取得する。大映興行の梅田大映劇場における営業は岩田弘が支配人としてその経営にあたり、上映する控訴人製作のフイルムの配給賃貸借に関する取引接渉の事務は、控訴人側としてはすべて、大阪市において右劇場とは別の場所に右劇場経営とは別途に設置された控訴人会社関西支社が、その本来の業務として処理する。控訴人は右劇場建物の所有者として、建物の保存管理のためその完成に近づいた昭和三〇年六月末頃乃至同年七月初頃に至り、新規に「梅田大映劇場管理者」なる職務上の地位を設けて従来前記関西支社の総務課長の地位に在つた岡田正夫を右支社から転じて右管理者に任命した。爾来岡田正夫は、昭和三一年三月一七日付で控訴人会社を依願退職するまでの間、右劇場内所在の事務所に拠つて担当事務を処理したのであるが、その職務は前記のように建物の保存管理を中心として、控訴人が右劇場内に設けた売店及び喫茶店の営業経営並びに控訴人が第三者に賃貸した地階三室の賃料の取立及びその本店えの送金のみを内容とするものであつて、同劇場における映画興行並びに控訴人と大映興行間の前記取引やその他の契約締結等に関する事務は、その所管外として一切これには関与しない。もつとも右建物は前記のとおり新築竣工後間もないこととて、その保存管理といつてもなお暫くの間は格別の補修を必要とする不備破損箇所の存在や発生は予想し得ない状況にあつた。そして将来若し現実に建物に破損等有形的缺陥を生じたり、建物の使用につき改良を要すると認められる事情を生ずるに至つた場合等には、岡田としてはその職務上遅滞なく東京にある控訴人会社の本店の当該関係部課にその実況や事情の要領を報告して本店の処置に委せるべく、岡田正夫が斯様な場合についてまで管理者たる地位において当然に右破損箇所の修理や改造に関し決定実施し得べき職務権限を有するものではなかつた。また右売店及び喫茶店営業に関し通常必要と認められる種類数量の商品又は飲食材料等の仕入取引については、一応その数量によつて決定処理すべき権限を与えられていたが、右取引上の支払に充てるべき資金の運用については、必ず先ず毎月本店より送金して来る管理費用常備金額三五万円をもつてこれを賄い、その収支明細は支出証明書類、領収書等の証憑を具して毎月定期に管理費明細書及び月分損益計算書をもつて本店に報告し、これに対し控訴人本店は右報告に基き、当月間の管理事務処理の具体的状況を把握すると共に前記売店や喫茶店の経営の当否を検討したうえ、右常備金額に満つるまでの額を翌月分の資金に充てしめるために銀行送金し、あわせて管理事務一般に付、具体的事務処理の仕方並びに売店喫茶店営業の運営に関し所要の指示を与え、若し岡田の側で管理又は売店等の経営に関し、右常備金額の限度内において処理することが困難と予測せられる支出を伴う措置を必要とするときは、必ず事前に本店における当該事項担当部課に対し、その必要性を証すべき書面等の資料を具してその都度本店の決裁及び送金方要求し、本店の当該責任者の決裁を経たうえでこれに応じ別途送付して来る金額をもつて始めて当該必要事項を処置すべく、右営業上の収益金は日々、又前記貸室賃料を取立てた場合は取立の都度遅滞なく、その金額を大阪における控訴人名義の銀行口座に入金して本店に送付すべく、右収入金を岡田正夫の裁量によつてその職務遂行上の必要に流用することは一切明瞭且つ厳重に禁止せられていた。以上のような建物の保存管理等の管財事務又は資金運用の経理関係事務の範囲に留まらず、その他職務遂行の一切の分野において、岡田正夫は各具体的場合における当該事項の種類、目的、性質、これに要する費用支出額等に応じ、控訴人本店にある総務、経理若しくは労政担当責任者の直接の指揮監督下におかれていたのであつて、前記貸室賃料の取立受領の外、岡田正夫が管理者の地位と名において裁量決定し得べき範囲は、わずかに右売店及び喫茶店の経営に関し商品飲食材料の仕入その支払等日常的取引事務並びにその経営に必要な従業員の監督指導等の事実行為にとどまり、それ以上に及ぶものではなかつた。

そして(証拠)を総合すれば、控訴人会社の登記せられた営業の目的たる事業は、昭和三〇年八月当時においては、(一)映画の製作、(二)映画の配給、販売、興行、(三)上記各号に付帯する事業と定められ、その後右の外「不動産の売買、賃貸及運営」、「飲食営業及売店の経営」を明示的に追加掲記するに至つたことが認められるところ、梅田大映劇場内における前記売店及び喫茶店の経営並びに劇場建物の地階の空室賃貸借等は、登記簿上における右の如きその具体的明示を待つまでもなく、前記(三)に掲げられた付帯事業に該当し、当初から控訴人の営業目的の一をなすものと認むべきものであることが明らかである。そうだとすれば、梅田大映劇場は、控訴人の目的とする映画の製作、配給、販売、興行等の営業に関しては兎も角、少くともその付帯事業の営業に関してはなお控訴人の営業所と認めるべきものである。その営業所としての実態を考察すれば、同劇場における右営業経営に関する前記認定のような具体的方式や態様と、管理者岡田正夫の職務権限の内容、同人の現実の職務執行過程に関する本店の指揮統制の範囲と程度等に照らし、未だこれをもつて、控訴人の本店に対し或る程度独立した運営能力ある営業組織を有し、独自の営業決定権を付与せられて、商法上の支店というにふさわしい営業所たる規模のものとは到底認め難く、むしろ控訴人の本店に付属する営業出張所に該当するものと認めるのを相当とする。したがつて岡田正夫に付された「梅田大映劇場管理者」という名称は、これを以つて客観的に同劇場における控訴人の営業の主任者であることを示すに足りるものと解せられるけれども、同劇場が未だ支店たる実質を具えたものと認め得ないものであり、もとより形式上も支店として登記せられたものでもないことが弁論の全趣旨によつて明らかである以上、岡田正夫が右名称を使用してなした行為に付商法第四二条を適用するに由ないところである。

しかしながらまた岡田正夫が梅田大映劇場管理者という地位にあることによつて、前記売店及び喫茶店の経営に関し、取引上通常と認め得べき範囲内では包括的に自己の裁量において事務を処理すべきことを委任せられていたものであることは前記認定の事実を総合して明らかなところと認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないから、岡田正夫は商法第四三条にいう「営業に関する或種類又は特定の事項の委任を受けたる使用人」と認むべきものである。しかも約束手形振出の行為はその一般的客観的性質上取引決済手段に外ならないから、これをもつて一般的に「管理者岡田正夫に委任せられた右売店等の経営に関する事項」というに該当する行為と解せられる。したがつて商法第四三条に従い、岡田正夫は梅田大映劇場管理者として、一般的に営業主たる控訴人を本人として有効に手形行為をなし得べき代理権限を有するものというべきである。控訴人会社が梅田大映劇場管理者の地位に在る岡田正夫を含めてその使用人一般に対し、会社を本人とする手形行為をなすことを一律に厳禁し、手形行為に関しては一切代理権を授与していなかつたことは、前記に認定したとおりであるけれども、控訴人の全立証を以てしても、被控訴人が山田勇平から本件手形の裏書譲渡を受けるに際して、岡田正夫の梅田大映劇場管理者として有するものと認むべき前記範囲の包括的代理権が、手形行為に付控訴人会社の組織上制限せられていたという事実を知つていたものと認めるに足りず、他にこれを肯認するに足りる証拠がなく、却つて(証拠)を総合すれば、被控訴人は、全く岡田正夫が梅田大映劇場管理者としての地位に基づき適法に控訴人のために本件手形振出の代理権を有するものと信頼して、山田勇平のために本件手形の割引をしたものであることが認められる。したがつて控訴人は、本件手形振出に関する岡田正夫の代理権の欠缺をもつて、善意の第三者たる被控訴人に対抗することを得ないものである。

その他本件手形上被控訴人の前者たる山田勇平若しくは迫田一雄と振出人たる控訴人間の実質関係上、控訴人の手形金支払拒絶を法律上適法ならしめるべき何等かの事由の存したこと、並びに被控訴人が本件手形の取得に際し右事由に付悪意であつたという事実は、控訴人において何等主張立証をなさないところである。

以上説示したところによれば、控訴人は本件手形の振出人として、所持人たる被控訴人に対し、本件手形金額の内金二〇〇万円並びにこれに対する手形満期日以後である昭和三三年四月三日以降完済まで、手形法所定年六分の割合による利息金を支払うべき義務のあることは明らかであつて、その履行を求める被控訴人の本訴請求は、爾余の争点に付判断するまでもなく正当として認容すべきものである。これと同旨の原判決は正当。

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